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パンセの森
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読書と体験を通じて、世界と人間について自分の考えたことを、直接世に問うために開設したブログです。コメントとトラックバックは歓迎しますが、誹謗中傷を含む内容のものは削除しますので、ご承知ください。

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タイトル 日 時
言葉の体について 3
考察2 言葉はなにを伝達しているのか? ...続きを見る

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2012/01/22 10:57
言葉のからだについて 2
考察 1 馬鹿と言われると、なぜ腹が立つのか、の続き ...続きを見る

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2012/01/09 10:37
言葉の体について 1
 言葉は物質のようなものだと考えます。言葉は物質のように人間に作用するからです。褒められればうれしくなって、顔が紅潮し、けなされれば怒りを感じて、顔が歪みます。つまり心だけではなく、肉体に作用するのです。なぜそうなるのかと、考えてみますに、言葉の体というものがあって、肉体と重なっているからではないかと、私は仮説を持っています。以下、しばらく、この仮説を検証してみたいと、思います。この考察は長くなりそうです。何回かに分けて、ブログを書くことになりそうです。 ...続きを見る

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2012/01/03 07:35
人間はなぜ悪を行なうか?
 この問題を考えるにはまず悪とはなにかを考えなくてはなりません。いうまでもなく悪は善と一対をなしているものです。善とは人間の行為の基準であり、目指すものであり、人間に幸せをもたらすものとされます。なるほど、この定義に反駁はないでしょう。もうすこしせばめると、善とは道徳の掟にかなうこと、と定義できます。これに対して悪とはその反対なのですから、人間の行為の基準とはならず、目指すべきものではなく、人間に幸せをもたらさないもの、あるいは道徳の掟に逆らうこと、と消極的に定義できるでしょう。  つまり善と... ...続きを見る

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2011/12/04 08:54
善悪の知識の重要性
 道徳とは、人の踏み行なうべき正しい道のことである。これを行なうには、一身の中心である、心を正しくすることである。心を正しくするためには、心の中心である意念を誠実にすることである。意念を誠実にするためには、そのもとである道徳的判断を、十分におしきわめることである。道徳的判断をおしきわめるためには、物事についての善悪を確かめることである。つまり、善悪の知識は、道徳の基本なのである。  なにが善で、なにが悪か、明晰でなければ、道徳も明晰でなくなる。それは、人の踏み行なうべき正しい道が、見失われる、... ...続きを見る

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2011/04/01 05:40
近代的自我こそ閉塞感の根本原因
 近代的な自我とは、人間の精神がそれ自体で独立している、という意識である。この意識は、世界と人間を分断し、人間から目的論的な世界観を奪った。世界から人間は放り出され、無機的な無限の時空に、よりべなく存在することとなった。しかし科学の方法論としては、世界を認識の対象として、分析し記述するという点で成果があった。現代科学文明がここまで進んだのは、人間が世界を客観的な機械的なものとみなしたからである。この文明の進歩ゆえに、前近代的なものは、呪術的で遅れているという認識が広がったのである。  しかし、... ...続きを見る

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2011/03/27 07:06
東北関東大震災に思うこと 技術と功利の限界
 まず被災者の方々に心からお見舞い申し上げます。また犠牲者の方々のご冥福をお祈りいたします。 ...続きを見る

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2011/03/18 10:50
ブログ再開です 想像と現実
3年もほったらかしにして、新規投稿していませんでした。 ...続きを見る

ガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/01/19 09:31
ソクラテスと荘子の会話
ソクラテス:荘子君、君は昼寝が好きだそうだね。 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2009/10/07 21:53
政治と哲学
昔の話である。 ...続きを見る

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2009/08/30 20:36
生きることと死ぬことを考える
 あたりまえのことながら、人間は必ず死にます。人間に限らず生物というのは必ず死ぬことになっています。それにも関わらず現にこの世界には生物が存在しています。わたしは不思議なことのように思います。もちろん子孫を残すからということはこれまたあたりまえの理由ですが。  わたしたちは生物に絶滅ということが起こることを知っています。現在もなお地球上では絶滅する生物種が多数あるわけです。人間もいつかは絶滅するに違いありません。しょせんはそうなら、なぜにわたしたちは生きることにきゅうきゅうとしていなくてはなら... ...続きを見る

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2009/07/17 21:28
道に従う、生命圏と社会の共生。2020年問題に寄せて。
 わたしはながらく哲学を研究してきました。専門は中国哲学ですが、そのほかの学問もひととおり眺めてきました。さて、結論としてはやはり人間は生命であって、人間を含む生命の世界、つまり生命圏と共生しなければ、少なくとも肉体であるがぎり生存できないと認識するに至りました。といっても2020年問題は現実となりそうなので、このような認識をいまさら述べても、現代社会の破局は訪れるに違いありません。しかしながら、生き残る人間もいるでしょう。そこで哲学科卒業の文学士の義務として、その人たち(といっても、現に生きて... ...続きを見る

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2009/06/19 20:24
真理と悪に対する罰について再考
そんなんじゃだめ、という批判がありましたので、もっと深めてみたいと思います。 ...続きを見る

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2009/06/05 20:15
教育という名の生命力の圧殺
もともと子供というのは生命力にあふれて元気なものです。それが捻じ曲げられて妙に良い子になったり、逆に精神に変調をきたすのは教育や躾けの美名のもとに行われる、大人による冷酷な仕打ちです。例えばいうことをきかないと、体罰で服従させるようなやり方です。子供はそれに対する批判力をもちませんから、奴隷のようにそれに従います。その根底にあるのは子供らしい両親への愛情です。子供は両親に愛されないと生きていけないと本能的に察知していますから、普通の大人なら抗議するような虐待にも、それを隠蔽して自分の本心を抑圧し... ...続きを見る

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2009/06/02 22:13
真理と悪に対する罰について
そもそも仮に神と呼びますが、この宇宙もしくは地球を創ったなにものかは、生き物が生きるために必要な物を十分に与えています。そのことは人間にもあてはまるのです。だからそれ以上のことを求めるのは本当は傲慢です。 ...続きを見る

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2009/04/27 18:02
人生の目的
作家の五木寛之さんがまさしくこの題名の本を上梓しています。 ...続きを見る

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2009/04/02 19:16
わたしの病気は精神病
精神病にかかってもう16年になる。 ...続きを見る

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2009/03/22 16:43
モダンとポストモダンを過ぎ去って 21世紀の知 1、自然科学的世界観の陥穽
 本稿はモダンつまり近代とその連続にすぎないポストモダンを批判的に捉えなおす事で、21世紀の知を模索することを目的とします。 ...続きを見る

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2009/02/15 20:05
派遣社員の解雇に思うこと
 まずは、こういいたいです。 ...続きを見る

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2009/02/11 19:29
哲学と現実
 一般的にいって哲学は抽象的で難解な、現実とは別の真理の世界を扱うと思われている。しかしそれは誤解であ ...続きを見る

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2009/01/19 16:14

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