世界は本当に人間のために創られたのか?

キリスト教徒も、イスラム教徒も、ユダヤ教徒も、人間のために世界が創られたと主張する。 しかし、本当にそうなら、なぜ世界には悲惨なことがたくさんあるのだろうか? また、生物学や生態系に関わる知識からすると、とても世界が人間のためだけに創られたとは到底思われない。 さらに言えば、神に人格があるなら、戦争とか、飢饉とか、伝染…
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宇宙に存在目的があることの形而上学的証明

1 宇宙は無くても良かったはずだ。 2 しかし、現実には存在する 3 すると、何かの意志が働いているとしか言えない。 4 ところで神は実在する。 5 すると、その意志は神の意志である。 6 意志とは何かを目指すことだ。 7 したがって、宇宙の存在には何らかの目的がある。 付則 しかし、神の目的が具体的に何かはわからな…
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神に名前がないことの形而上学的証明

1 名前とは何者かが何者かに名付けるものである。 2 神の前には何者も存在しなかったはずである。 3 だから神には名付けるものがいなかったはずである。 4 したがって神には名前がない。 付則 ただし神が自分で自分に名前をつけている場合はべつである。
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世界一簡単な神の存在証明

1 事実 宇宙には始まりがある。 2 推論 するとその前に何かがないと不合理である。 3 それは神としか言いようがない。 4 結論 神は存在する。                      以上 付記  つまり神の実在は当たり前なので、いくら小難しい理屈をこねようが、無神論者は全員バカ。
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信仰を以て当たり前の生活を

前回の記事で、神存在することが証明されました。 すると、神は確実に存在するので、信じるしかありません。 信じればいる、信じなければいないと、我が儘いってはいけないのです。 また神は、人間に倫理的に生きろと命令しているはずです。 それが、当たり前の生活です。 ちゃんと働いて、自分と家族や友人と仲良く交際し、法…
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神が実在することの、形而上学的証明

1仮定  神は無限で永遠な存在である。 2事実  宇宙には始まりと終わりがある。 3推理  であるなら、その基礎となる存在があるはずである。 4推理  宇宙は有限であるから、それは無限な存在であるはずである。 5結論  無限で永遠な存在者はいる。 6推理  無限と永遠は神と仮定した存在者の属性であった。 7推理 …
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俳優滝沢秀明を知らない女子高生が実在する❗

私は女子高生現役から、直接聞いた‼️ 滝沢秀明を知らないのである❗ おじさんはビックリ なんとクラブと勉強で忙しくて、ほとんどTVをみないそうだ‼️ こりゃ、子供だましは通用せんわ。 だって、ユーチューブで、全世界の一流をみている…
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現象世界に神は実在しないことを、アリストテレスの三段論法で証明する。

1現象世界全て相互作用している。 2だから実体はいかなる現象世界にも実在しない。 3さて、スピノザがエチカで証明するように神は唯一の実体である。 4したがって現象世界に神は実在しない。 以上 付則 これをもって神の存在を否定できない、何故ならば他の次元に実体として存在しているだろうと推察するから。 解説 …
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アリストテレス二コマコス倫理学を読む

アリストテレスはあらゆる技術は「善」を志向するという。「第一章冒頭」 では悪を志向する学門はないだろうか? それでもアリトテレス は「善」と断言「する。」何故だろうか? 物には、ある場所に集まる性質が「あ るらしんれん。 ニコマコス倫理学 (西洋古典叢書)京都大学学術出版会アリストテレスユーザレビュー:Amazonアソシエ…
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エルサレムは無傷ですむのか?

周知のとおり、アメリカがエルサレムをイスラエルの首都と認めたので、全世界から非難されている。 このままだと、アラブ諸国はイスラエルを総攻撃。 すると、一神教の聖地エルサレムは大破壊。 ユダヤ教はまた、パピロンヒ捕囚の二の舞か? ついでにアメリカのユタヤ資本は、石油と金融がおしゃかになって、ほー@レスに転落 …
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アリストテレス「ニコマコス倫理学」を読む

若かった頃は「ニコマコス倫理学」の岩波文庫版を読んでも、全然分からなかったですが、 52歳になった現在やっと分かるようになりました。 アリストテレスば最高善というものを持ち出します。 アリストテレスに限らず゛ギリシャの哲学者はこれを持ち出しますが。 アリストテレスに因れば゛それ自体が善であることが、究極の善だといいま…
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理性とは何か

日本人が考えている理性とは、物事を筋道立てて考えるということだが、実はそれはデカルトなどの言っている理性とは、全然違っている。 単純に言って、西欧的な理性とは、神の理性の出張所のようなものだ。 言うまでもなく、神は全能である。それと同じものが人間にも備わると考えたのだ。 だから、それを充分に発揮するどなんでも解るはずだ…
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シンボルの機能

人間はシンボルを使う点で、他の生物にはない独自の世界を形成している。 文化があるのもシンボルのお陰。 言葉こそ中心的な役割を持っている。 物にはすべて名前があることに気付くと、シンボル機能は本格的に動き出す。 人間らしさは、そこから発達していく。 苦悩は人間らしいことだ。 苦悩は突き抜けると、人生の意…
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国家予算の実態を考える

国家予算は国民の税金でまかなわれています。民主主義においては、税金がどう使われているかを国民が意識するべきでしょう。政治家に丸投げではいけません。 現在赤字国債の残高は1000兆円を越えています。これを償還するには税金が投入されます。つまり国債は国民の借金といえます。 途方もない額です。国民ひとりあたり1000万円の負債を抱…
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ウィトゲンシュタイン「論理哲学論考」を勝手に読む 世界には本当に意味がないのか?

「論理哲学論考」の全部を、まともに論じていると、何時まで経っても終わらないので、今回で切り上げることにしました。 ウィトゲンシュタインは、ずっと世界を分析して、こう結論します。 世界には意味がない。あるとしたら世界の外にある。 さんざん記号論的分析をしたあげく、このような結論に至ったとは、面倒な。 さて、みなさま…
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ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考」を勝手に読む 論理の中に偶然的なるものはない

「事物にとって本質的なことは、事態の成分たりうることである」とウィトゲンシュタインは述べます。 おそらくそれは現実に起こること、つまり事態にとって、事物は何らかの「事」に伴ってあることに意味があると解釈できるでしょう。 例えばコップに水を注ぐ、という事態を考えてみると、コップは水を注がれることに機能的な意味があって、それ自体…
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ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を勝手に読む 事態とは対象(事象・事物)の結合のことである

事態という用語をウィトゲンシュタインは持ち出してきますが、しっかり定義をしてくれています。 表題にあるように、事態とは事象と事物の結合のことだと。 ああ、あまりに数学的で困惑してしまいました。私はどちらかといえば、言葉に偏っていて数字が苦手なので。 事象を定義してみます。 事象:事実の現象 まあくだけていえ…
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ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を勝手に読む 事実とは、事態が存立していることである

一年以上、ブログをほったらかしてしまいました。怠け者ですな、わたしは。 出来事というものに、ウィトゲンシュタインはこだわっていたようであります。 ウィトゲンシュタインは出来事は事実であると断言します。 哲学者は小説家ではありませんから現実を記述しようとするものです。 現実、これが解るようでわからないものです。 …
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ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を勝手に読む 世界は(出来事へと)砕けて事実となる

前回のコンテンツで、原文からの引用をしましたが(ちくま学芸文庫、『論理哲学論考』ルートウィヒ・ウィトゲンシュタイン著、中平浩司訳)著作権の関係があるので、なるべく引用は控えようと思います。 さて、ウィトゲンシュタインは、世界というものを問題にしています。この世界という概念は、西洋哲学でよく問題にされるものですな。 日本人なら…
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