生命哲学序論 本編 第九章

9-1  パスカルは物質が思考しないと指摘している。確かにそうだろう。しかし、思考が人間の特権と考えるのは早計である。何故ならば動物や植物にも心があるからである。そのことは我々の日常体験や生物学の研究で、既に解っていることだろう。例えば猫は結構考えている。私は猫が人間に命乞いをしてきた実例を体験した。いきさつはこうである。私はある喫茶…
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生命哲学序論 本編 第八章

8-1  ここで私自身のことを述壊させてもらうならば、私は幼少の頃から青年期まで、釧路湿原の森の側で育った。森はいつでも静寂に満ちていた。夜になると満点の星が現れ、私は夜になるとそれをいつも眺めていた。静寂と夜の光に包まれて、私いつも自分の部屋で瞑目していたものである。それは精神的に非常に質の高い、充実した時であった。だから私は世界が…
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生命哲学序論 本編 第七章

7-1  文明とは何か? このことを根本的に考える必要がありそうだ。文明とは何か? おそらく都市こそが、文明の頂点である。それは人間を自然の桎梏から解放し、ほとんど動物的な生活から、脱出させる。すると、そこにぎりぎりの生存からは導き出されない、人間独自の精神文明と文化が、思想をもとにして構築されるのである。だから文明の最終目的は、人間…
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生命哲学序論 本編 第六章

6-1  私は理性使用の究極に、自然の無限な働きと広さに対する畏敬の念が生まれ、その背後にあるなにか、つまり神が見出されると述べた。これは今日の科学的な理性信仰とは、正反対の考えである。というのも啓蒙時代以来、理性使用は迷信の打破と合理主義の徹底だと、捉えられているからである。しかしそれはデカルトやベーコンの登場以来、西ヨーロッパで特…
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生命哲学序論 本編 第五章

5-1  現象というこなれない表現よりも、具象と抽象という対立概念を用いた方が、理解に資すると思われる。具象とはものに具わっていること、抽象とはものからぬきだしたこと、という理解のほうが解りやすい。ぬきだしたからといって、ないのではない。それは茶の葉と茶の関係に似ている。茶というものは何かといえば、茶の葉から抽出されたものが湯に溶けて…
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生命哲学序論 本編 第四章

4-1  さて人間を生命として理解するのに、なぜ以上のことを私が述べてきたかと言えば、自然との正常な関係を回復するためには、人間の傲慢をくじく必要があるからである。そのためには自然に対する謙虚さが必要であるが、それは神への信仰とほぼ同義なのだ。ほぼ同義というのは、自然の理解が神への信仰そのものではないからである。  4-2  とい…
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生命哲学序論 本編 第三章

3-1  私は神の実在に関して当然であるとここまでで言ってきた。それに対して唯物論者は反対するであろうことは予想できる。しかし唯物論も徹底すると、どうしても世界の説明が出来ない局面が出てくる。その時に認識の手をゆるめなければ、自然が唯物論的理解を拒絶することが見出されるはずである。その時点で唯物論は精神を問題にしなければならないからで…
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生命哲学序論 本編 第二章

2-1  人間礼賛、これはどうにもならない、誤った主義である。人間の解放といえば聞こえがいいが、要するに道徳を唾棄しようという主義に過ぎない。だからルネッサンス以来の近代思想は、基本的に間違っているのである。 2-2  もちろん近代思想は科学の発展に寄与した。しかしただそれだけのことだと私は認識するものである。人間の生き方に関して…
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生命哲学序論 本編 第一章

1-1  私は二十代の頃に自然と人間の関係を、あるひとつの唯物的な原理から出発して、演繹的に矛盾無く記述しようとして、失敗した。それから二十年間、私は精神病者として生きてきたのだが、哲学上の主題は放棄しなかった。若かった頃には解らなかったり、知らなかったりしたことがその間に増えた。48歳になろうとしている現在において、たぶん認識は深ま…
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生命哲学序論 はじめに

 今日われわれは、産業社会に生きている。そして、その中でなんらかの職業に従事し、その報酬である金銭で必要なものを手に入れて生きている。もちろん不必要なものも消費しているが。このような社会を成立させるには、資源が必要であることは、いうまでもない。では資源の出所はどこかといえば、人間社会ではもちろんなく、自然なのである。自然なくして、人間の…
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言葉のからだについて 最終章

 この考察も最終章となりました。  以上の考察から解ったことをまとめますと。 1 言葉は身体が感じるような感情を(情緒反応)人間に生じさせる。 2 個人が話す言葉は、母語全体の中で使用される点からして、母語の意味了解の範囲にある。 3 言葉は単なる情報伝達ではなく、それ自体がひとつの構造物である。  といったところかと思います…
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言葉のからだについて 4

 しばらくブログをほったらかしにしてしまいまいした。すみません。    前回は「私のもの」という文例で、「の」の性質について考えました。「の」は単独で用いられる単語ではなく、単語と単語をつなぐ機能があること、また、その意味は抽象的であることを指摘しました。  この場合、意味は所有という観念だと言えるでしょう。  言葉の意…
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言葉の体について 3

考察2 言葉はなにを伝達しているのか?  言葉の機能を、記号のやりとりとして捉えると、それによって伝達されているのは、情報ということになります。伝達された情報が、受け取る側の記号体系において解釈され、なんらかの意味内容が理解されるというわけです。言葉において表しているものは、確かに音声や文字といった記号です。ですから、そのような記…
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言葉のからだについて 2

考察 1 馬鹿と言われると、なぜ腹が立つのか、の続き  母語とは生まれた時から、自ずと習得した言語です。もちろんその言語が日常的に使われている、社会の中で習得されます。母語を使用する場合、音声と意味は、無意識的に繋がっていて、使用するにあたって、自然に感じられます。また母語はある社会集団で歴史的に継承されてきた言語なので、母語を共…
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言葉の体について 1

 言葉は物質のようなものだと考えます。言葉は物質のように人間に作用するからです。褒められればうれしくなって、顔が紅潮し、けなされれば怒りを感じて、顔が歪みます。つまり心だけではなく、肉体に作用するのです。なぜそうなるのかと、考えてみますに、言葉の体というものがあって、肉体と重なっているからではないかと、私は仮説を持っています。以下、しば…
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人間はなぜ悪を行なうか?

 この問題を考えるにはまず悪とはなにかを考えなくてはなりません。いうまでもなく悪は善と一対をなしているものです。善とは人間の行為の基準であり、目指すものであり、人間に幸せをもたらすものとされます。なるほど、この定義に反駁はないでしょう。もうすこしせばめると、善とは道徳の掟にかなうこと、と定義できます。これに対して悪とはその反対なのですか…
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善悪の知識の重要性

 道徳とは、人の踏み行なうべき正しい道のことである。これを行なうには、一身の中心である、心を正しくすることである。心を正しくするためには、心の中心である意念を誠実にすることである。意念を誠実にするためには、そのもとである道徳的判断を、十分におしきわめることである。道徳的判断をおしきわめるためには、物事についての善悪を確かめることである。…
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近代的自我こそ閉塞感の根本原因

 近代的な自我とは、人間の精神がそれ自体で独立している、という意識である。この意識は、世界と人間を分断し、人間から目的論的な世界観を奪った。世界から人間は放り出され、無機的な無限の時空に、よりべなく存在することとなった。しかし科学の方法論としては、世界を認識の対象として、分析し記述するという点で成果があった。現代科学文明がここまで進んだ…
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東北関東大震災に思うこと 技術と功利の限界

 まず被災者の方々に心からお見舞い申し上げます。また犠牲者の方々のご冥福をお祈りいたします。  被災地では苦しい状況が続いていると報道で聞いています。いま全国から、世界から支援の輪が広がっています。被災地の方々には、つらい日々が続いていると思いますが、希望を失わず、頑張ってほしいと思います。  今回の地震は観測史上最大のマグニチ…
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ブログ再開です 想像と現実

3年もほったらかしにして、新規投稿していませんでした。 またがんばってみようかと思います。 さて、人間にとって、想像と現実は連続していると思います。 なぜなら人工物は想像の産物だからです。 もし厳密に現実を見てみるなら、自然状態と、生理機能だけでしょう。 人間はまた社会を作って、言葉を介して交流しています。…
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