テーマ:ウィトゲンシュタイン

ウィトゲンシュタイン「論理哲学論考」を勝手に読む 世界には本当に意味がないのか?

「論理哲学論考」の全部を、まともに論じていると、何時まで経っても終わらないので、今回で切り上げることにしました。 ウィトゲンシュタインは、ずっと世界を分析して、こう結論します。 世界には意味がない。あるとしたら世界の外にある。 さんざん記号論的分析をしたあげく、このような結論に至ったとは、面倒な。 さて、みなさま…
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ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考」を勝手に読む 論理の中に偶然的なるものはない

「事物にとって本質的なことは、事態の成分たりうることである」とウィトゲンシュタインは述べます。 おそらくそれは現実に起こること、つまり事態にとって、事物は何らかの「事」に伴ってあることに意味があると解釈できるでしょう。 例えばコップに水を注ぐ、という事態を考えてみると、コップは水を注がれることに機能的な意味があって、それ自体…
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ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を勝手に読む 事態とは対象(事象・事物)の結合のことである

事態という用語をウィトゲンシュタインは持ち出してきますが、しっかり定義をしてくれています。 表題にあるように、事態とは事象と事物の結合のことだと。 ああ、あまりに数学的で困惑してしまいました。私はどちらかといえば、言葉に偏っていて数字が苦手なので。 事象を定義してみます。 事象:事実の現象 まあくだけていえ…
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ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を勝手に読む 事実とは、事態が存立していることである

一年以上、ブログをほったらかしてしまいました。怠け者ですな、わたしは。 出来事というものに、ウィトゲンシュタインはこだわっていたようであります。 ウィトゲンシュタインは出来事は事実であると断言します。 哲学者は小説家ではありませんから現実を記述しようとするものです。 現実、これが解るようでわからないものです。 …
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ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を勝手に読む 世界は(出来事へと)砕けて事実となる

前回のコンテンツで、原文からの引用をしましたが(ちくま学芸文庫、『論理哲学論考』ルートウィヒ・ウィトゲンシュタイン著、中平浩司訳)著作権の関係があるので、なるべく引用は控えようと思います。 さて、ウィトゲンシュタインは、世界というものを問題にしています。この世界という概念は、西洋哲学でよく問題にされるものですな。 日本人なら…
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ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を勝手に読む 

いまわたしの手元には、ちくま学芸文庫版『論理哲学論考」(ルートウィヒ・ウィトゲンシュタイン著、中平浩司訳)があるのでありますよ。 この本「語りえぬことには沈黙せねばならない」という決めのせりふで有名であります。 まあ、難解で知れわたっている哲学書ですな。 つい昨日のことなのですが、わたしはこれを読んでおりました。三回目…
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