生命哲学序論 本編 最終章

13-1
 以上考察を重ねてきた。最後に結論を述べようと思う。人間中心主義は生命圏の中で生きている生物としての人間という視座を覆うものである。この考えは産業社会と都市化を邁進してきたイデオロギーなのであった。そしてその正体は神を抜きにした一神教なのである。生命の世界が理解されてきた現代において、このイデオロギーは打破されるべきである。人間は他の生命と共通の世界に生きているのであって、人間だけの都合を考えていてはいけないのである。自然界の生物多様性は保護されてしかるべきだ。
13-2
 宇宙の根源者を神と呼ぶならば、神への畏敬の念は当然といえる。神なくして万物は存在し得なかった。この意識、つまり信仰心は、人間の傲慢に楔を打つものである。人間はその自由をむき出しに行使するべきではない。節度というものが断固として必要である。それは特に物質文明において言えよう。現代文明が行なっている組織的な自然破壊を、禁止もしくは制限するべきである。我々は不必要な豊かさを求める、幸福の飽くなき追求をやめなければならない。
13-3
 生命の本質は魂であって、肉体ではない。肉体は確率的に存在する、無常なものである。肉体を養わないことは不当とは言える。しかし執着してはいけないのである。人間は魂をなくしてはいけないのだ。そして魂は人間の精神の中心なのである。これを大切に世話することは人間の最大の勤めであり、また真の幸福の門なのだ。
13-4
 だから我々は飽くなき利益の追求を停止し、ほどほどに収めておくべきである。そうしなければ崩壊があるばかりなのだ。そうなる前に、手を打たなければならない。その場合逆説的に高度科学技術が役立つであろう。自然を破壊しない、文明を形成するためには、自然について知り得た事を、充分に生かすべきなのだ。そしてそれは全生命が共に生きていける形態にするべきなのである。その点で人間の役目は重大である。文明の生命的な転換が求められるのである。                                                       以上

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