テーマ:文明論

現象世界に神は実在しないことを、アリストテレスの三段論法で証明する。

1現象世界全て相互作用している。 2だから実体はいかなる現象世界にも実在しない。 3さて、スピノザがエチカで証明するように神は唯一の実体である。 4したがって現象世界に神は実在しない。 以上 付則 これをもって神の存在を否定できない、何故ならば他の次元に実体として存在しているだろうと推察するから。 解説 …
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生命哲学序論 本編 最終章

13-1  以上考察を重ねてきた。最後に結論を述べようと思う。人間中心主義は生命圏の中で生きている生物としての人間という視座を覆うものである。この考えは産業社会と都市化を邁進してきたイデオロギーなのであった。そしてその正体は神を抜きにした一神教なのである。生命の世界が理解されてきた現代において、このイデオロギーは打破されるべきである。…
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生命哲学序論 本編 第十二章

12-1  この論考の趣旨は生物としての人間を考えるというものであるから、魂や神や信仰のことを持ち出すのは、脱線しているのかもしれない。しかしそのような言及は、自然科学を意識したものではある。自然科学が想定しているのは、物質の世界であるから、人間を対象にすると、肉体を観察することとなる。しかし既に指摘したように(第二章と第三章を参照の…
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生命哲学序論 本編 第十一章

11-1  前述したとおり、私は魂が不滅であると認識している。またそのことはソクラテスが証明しており、私はそれに反論しないのである。というより、ソクラテスに反論出来なければ、魂が不滅であることを認めるべきなのである。私は寡聞にして、反論出来た人間を知らない。さて一方肉体は確率的に存在する、現象なのであった。そのことは量子力学が証明する…
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生命哲学序論 本編 第十章

10-1  量子力学の創始者、シュレディンガーの有名な著書『生命とは何か』の中で、この偉大な碩学は、次のように述べている。  「生物体の最も肝要な部分にある原子の配列や、その間の相互作用は、物理学者や科学者が従来実験的・理論的研究の対象としてきたあらゆる原子配列とは根本的に異なったものです。(中略)まったく異なっているというのは、統…
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生命哲学序論 本編 第九章

9-1  パスカルは物質が思考しないと指摘している。確かにそうだろう。しかし、思考が人間の特権と考えるのは早計である。何故ならば動物や植物にも心があるからである。そのことは我々の日常体験や生物学の研究で、既に解っていることだろう。例えば猫は結構考えている。私は猫が人間に命乞いをしてきた実例を体験した。いきさつはこうである。私はある喫茶…
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生命哲学序論 本編 第八章

8-1  ここで私自身のことを述壊させてもらうならば、私は幼少の頃から青年期まで、釧路湿原の森の側で育った。森はいつでも静寂に満ちていた。夜になると満点の星が現れ、私は夜になるとそれをいつも眺めていた。静寂と夜の光に包まれて、私いつも自分の部屋で瞑目していたものである。それは精神的に非常に質の高い、充実した時であった。だから私は世界が…
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生命哲学序論 本編 第七章

7-1  文明とは何か? このことを根本的に考える必要がありそうだ。文明とは何か? おそらく都市こそが、文明の頂点である。それは人間を自然の桎梏から解放し、ほとんど動物的な生活から、脱出させる。すると、そこにぎりぎりの生存からは導き出されない、人間独自の精神文明と文化が、思想をもとにして構築されるのである。だから文明の最終目的は、人間…
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生命哲学序論 本編 第六章

6-1  私は理性使用の究極に、自然の無限な働きと広さに対する畏敬の念が生まれ、その背後にあるなにか、つまり神が見出されると述べた。これは今日の科学的な理性信仰とは、正反対の考えである。というのも啓蒙時代以来、理性使用は迷信の打破と合理主義の徹底だと、捉えられているからである。しかしそれはデカルトやベーコンの登場以来、西ヨーロッパで特…
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生命哲学序論 本編 第五章

5-1  現象というこなれない表現よりも、具象と抽象という対立概念を用いた方が、理解に資すると思われる。具象とはものに具わっていること、抽象とはものからぬきだしたこと、という理解のほうが解りやすい。ぬきだしたからといって、ないのではない。それは茶の葉と茶の関係に似ている。茶というものは何かといえば、茶の葉から抽出されたものが湯に溶けて…
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生命哲学序論 本編 第四章

4-1  さて人間を生命として理解するのに、なぜ以上のことを私が述べてきたかと言えば、自然との正常な関係を回復するためには、人間の傲慢をくじく必要があるからである。そのためには自然に対する謙虚さが必要であるが、それは神への信仰とほぼ同義なのだ。ほぼ同義というのは、自然の理解が神への信仰そのものではないからである。  4-2  とい…
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生命哲学序論 本編 第三章

3-1  私は神の実在に関して当然であるとここまでで言ってきた。それに対して唯物論者は反対するであろうことは予想できる。しかし唯物論も徹底すると、どうしても世界の説明が出来ない局面が出てくる。その時に認識の手をゆるめなければ、自然が唯物論的理解を拒絶することが見出されるはずである。その時点で唯物論は精神を問題にしなければならないからで…
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生命哲学序論 本編 第二章

2-1  人間礼賛、これはどうにもならない、誤った主義である。人間の解放といえば聞こえがいいが、要するに道徳を唾棄しようという主義に過ぎない。だからルネッサンス以来の近代思想は、基本的に間違っているのである。 2-2  もちろん近代思想は科学の発展に寄与した。しかしただそれだけのことだと私は認識するものである。人間の生き方に関して…
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生命哲学序論 本編 第一章

1-1  私は二十代の頃に自然と人間の関係を、あるひとつの唯物的な原理から出発して、演繹的に矛盾無く記述しようとして、失敗した。それから二十年間、私は精神病者として生きてきたのだが、哲学上の主題は放棄しなかった。若かった頃には解らなかったり、知らなかったりしたことがその間に増えた。48歳になろうとしている現在において、たぶん認識は深ま…
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生命哲学序論 はじめに

 今日われわれは、産業社会に生きている。そして、その中でなんらかの職業に従事し、その報酬である金銭で必要なものを手に入れて生きている。もちろん不必要なものも消費しているが。このような社会を成立させるには、資源が必要であることは、いうまでもない。では資源の出所はどこかといえば、人間社会ではもちろんなく、自然なのである。自然なくして、人間の…
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言葉のからだについて 最終章

 この考察も最終章となりました。  以上の考察から解ったことをまとめますと。 1 言葉は身体が感じるような感情を(情緒反応)人間に生じさせる。 2 個人が話す言葉は、母語全体の中で使用される点からして、母語の意味了解の範囲にある。 3 言葉は単なる情報伝達ではなく、それ自体がひとつの構造物である。  といったところかと思います…
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言葉のからだについて 4

 しばらくブログをほったらかしにしてしまいまいした。すみません。    前回は「私のもの」という文例で、「の」の性質について考えました。「の」は単独で用いられる単語ではなく、単語と単語をつなぐ機能があること、また、その意味は抽象的であることを指摘しました。  この場合、意味は所有という観念だと言えるでしょう。  言葉の意…
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道に従う、生命圏と社会の共生。2020年問題に寄せて。

 わたしはながらく哲学を研究してきました。専門は中国哲学ですが、そのほかの学問もひととおり眺めてきました。さて、結論としてはやはり人間は生命であって、人間を含む生命の世界、つまり生命圏と共生しなければ、少なくとも肉体であるがぎり生存できないと認識するに至りました。といっても2020年問題は現実となりそうなので、このような認識をいまさら述…
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真理と悪に対する罰について再考

そんなんじゃだめ、という批判がありましたので、もっと深めてみたいと思います。 真理とはなにかといういのは、およそ人間が知性を持ってからは、常に問題とされたのでしょうが、ヨーロッパに限っていえば、やはりギリシャの古代に現れた自然哲学者が、初めて考えた事と哲学史ではいわれています。この場合の真理というのは、ギリシャ語でロゴースといいま…
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教育という名の生命力の圧殺

もともと子供というのは生命力にあふれて元気なものです。それが捻じ曲げられて妙に良い子になったり、逆に精神に変調をきたすのは教育や躾けの美名のもとに行われる、大人による冷酷な仕打ちです。例えばいうことをきかないと、体罰で服従させるようなやり方です。子供はそれに対する批判力をもちませんから、奴隷のようにそれに従います。その根底にあるのは子供…
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真理と悪に対する罰について

そもそも仮に神と呼びますが、この宇宙もしくは地球を創ったなにものかは、生き物が生きるために必要な物を十分に与えています。そのことは人間にもあてはまるのです。だからそれ以上のことを求めるのは本当は傲慢です。 だからその日に必要な物を必要なだけ取って、生かされていることを神に感謝するのが人間の本来の姿なのです。 おそらく人間はそ…
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モダンとポストモダンを過ぎ去って 21世紀の知 1、自然科学的世界観の陥穽

 本稿はモダンつまり近代とその連続にすぎないポストモダンを批判的に捉えなおす事で、21世紀の知を模索することを目的とします。 1 忌避される知  現代の科学は難解なために敬遠されています。まるで一部の科学ファンのためにあるもの、もしくは専門家ためにあるものという感があります。しかしもともと自然科学は、明晰、判明に自然を説…
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自己不全感とニヒリズム考

 今を去ること15年前、私は人間存在の究極的な目的を考察した結果、そのようなものはないと考えました。もしあるとしたら、生きる事そのものしかないのではと考え、もしそうなら、人間共通の目的は永遠の命を手に入れることであろうとも考えました。  しかしそのことはニヒリズムに通じました。生きることの目的は生きること、それでは実質的には、人生は無…
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「<温暖化理論の虚妄>」について

「<温暖化理論の虚妄>」について 私の見解とは違うものですが、なるほど科学的に考えるとそのようであるかと思い、公正を記するためにぜひごらんになってください。生憎わたしは科学には不案内なので、科学を修めた方の見解として、啓発されました。
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豊か過ぎるのも問題だ

 1950年代のアメリカは今みたいに治安が悪くなく、たいていの家では外出時に鍵なんてかけなかったという。 ところが1980年代には、犯罪が日常的で、安全でなくなっていたそうだ。  いまの日本は欧米並み、いやそれ以上の豊かな国になった。よほどのことがない限り、飢え死にすることはないだろう。しかし近年訳の解らない犯罪が増えてきている…
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温暖化は待ったなし

この4,5年で氷河や極地の氷が急速に融け、しかも自然状態では異常な気温の上昇が観測されているそうです。 このままでは、地球全体の気候が大変動するかもしれません。 その主な原因はやはり人間が作っている温暖化物質と考えられます。 現代文明は転換点に達しています。 なんとか方策を立てないといけないでしょう。
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